中小企業M&Aの論点

中小企業M&Aの件数が急速に増加しています。下図は事業承継・引継ぎ支援センター支援の件数です。2013年は33件だった数値が、2020年には1,379件となっています。

出典:中小企業の経営資源集約化等に関する検討会 取りまとめ ~中小 M&A 推進計画~

本記事では、中小企業の経営者がM&Aを検討する上で必要となる知識を解説します。各トピックを深く掘り下げるのではなく、中小企業M&Aの全体像を把握することを目的にしています。とはいえ、実務的な内容も多く含んでいるため、ぜひ参考にしてみてください。

目次

中小企業M&Aを取り巻く環境(PEST分析)

ここでは、広がっている中小企業M&Aを取り巻く環境をPEST分析のフレームワークを用いて整理します。なおPESTとは、Politics(政治)・Economics(経済)・Society(社会)・Technology(技術)の頭文字をとったものです。

Polytics(政治):公的支援の拡充と制度新設

中小企業M&Aの件数増加に大きく影響するのが、政府による法改正と制度の拡充・新設です。中小企業M&Aへのインパクトが大きいものを下表にまとめました。

改正会社法
(令和3年3月1日施行)
買収会社が対象会社の株主から株式を引き受け
対価として自社の株式等を交付する「株式交付制度」を創設する。
改正産業競争力強化法等
(令和3年8月2日施行)
「株式交付制度」の活用における対象会社株主
の株式譲渡益の課税を繰り延べる(事前認定不要)。
改正銀行法
(令和3年11月施行予定)
銀行が顧客情報を海外投資家と共有することが
可能となり、国際金融資本による国内企業の
M&Aを加速すると思われる。
経営資源集約化税制
(中小企業事業再編投資損失準備金)
経営資源集約化税制では、経営力向上計画に
基づいてM&Aを実施した場合に、「設備投資
減税」「雇用確保を促す税制」「準備金の積立」
の3つの税制措置を活用できる。
事業再構築補助金事業再構築補助金は、ポストコロナ・ウィズ
コロナの経済・社会の変化に対応するために、
中小企業等の事業再構築を支援する補助金である。
事業承継・引継ぎ補助金事業承継・引継ぎ補助金(経営革新)には、
創業支援型と経営者交代型、M&A型の3種類がある。
いずれも事業承継を契機に新しい取り組み等を行う
中小企業を対象にしている。

関連:中小企業が補助金・助成金を申請する前に知っておくべきこと

Economics(経済):コロナ禍での休業、廃業、解散

2020年は、コロナ禍により日本経済が打撃を受けた年でした。具体的な数値としては、企業の休業、廃業、解散の件数が49,698件と2019年に比べて14.65%増加しました。これがコロナ禍の直接的な影響かどうかはわかりませんが、中小企業M&Aの件数に与えた影響は少なくないでしょう。

Society(社会):高齢化社会による後継者不足

帝国バンクの調査によると、2020年における企業の後継者不在率は39.5%(60〜80代平均)です。つまり、高齢経営者のうちおよそ5人に2人は後継者がいないということです。日本における高齢化社会のトレンドは今後も続いていくことが明らかなため、後継者不足の問題が自然に解決するとは考えにくいです。したがって、M&Aの活用による事業承継や企業再生のニーズは今後も増していくでしょう。

Technology(技術):AIによる買い手と売り手のマッチング

M&Aの仲介会社では、AIのリコメンドを活用して買い手と売り手のマッチング速度と精度を高めて、業務を効率化する動きがあります。ただ今現在、AIによりマッチングの自動化を活用して買い手と売り手が直接的に取引できる代表的なプラットフォームはまだ登場していないようです。しかし将来的には、技術の発展によってそのような流れが強まる可能性は十分にあるでしょう。

中小企業M&Aのメリット(売り手)

ここでは中小企業M&Aにおける売り手のメリットを3つ解説します。

1.事業承継

事業承継にあたり親族や社内に後継者がいない場合に、M&Aを活用することで社外に適任者を見つけることができ、事業を存続することが可能です。また、現在の経営者は会社売却の利益を受け取ることができるため、M&Aは有力な選択肢のひとつになります。

2.企業再生

企業再生におけるM&Aの活用は、経営の主導権の有無により「自力再生型(M&Aを一施策とする)」と「M&A型(スポンサー主導)」のふたつに分類できます。両者に共通する利点として、収益性改善と経営基盤の強化が見込めます。特に、M&A型はより抜本的な改革になるため、資金調達や信用回復、ステークホルダー間の利害調整などの効果が期待できます。

3.雇用維持

経営者がM&Aで最も重視することのひとつは、「従業員の雇用を維持できるか」ではないでしょうか。下図はM&A実施後における従業員の雇用継続の状況を示したものです。

出典:中小企業の経営資源集約化等に関する検討会 取りまとめ ~中小 M&A 推進計画~

従業員全員(10割)の雇用が継続されている場合は、全体の約80%。つまり、M&Aにおいては従業員の雇用は基本的に継続されるものと捉えてよさそうです。

中小企業M&Aのメリット(買い手)

ここでは中小企業M&Aにおける買い手のメリットを3つ解説します。

1.規模の拡大

M&Aを行うと売り手の保有する設備や機械、土地や建物などの有形資産だけではなく、人材や技術、サプライチェーンや顧客基盤などの無形資産も獲得できます。したがって、自社の事業規模を短期間で拡大することが可能です。

2.事業の多角化

M&Aを実行すると売り手の企業が持つ事業を新しく獲得できるため、事業の多角化を効率的に進めることができます。新規事業を一から立ち上げて軌道にのせるには、大きなリスクが伴いますが、M&Aではすでに確立したビジネスモデルを取り込むため、新しい事業領域にローリスクで参入できます。

3.シナジー(相乗効果)

シナジーとは、A社とB社が経営統合した場合に、両社がそれぞれに持つ経営資源を相互に活用することで、両社が個別に事業活動すること以上に発現される価値を指します。例えば、以下のようなものが考えられます。

  • クロスセル(両社の異なる製品を互いの顧客に販売)の実現
  • 両社のネットワークを活用した営業力の強化
  • 重複機能の統一・刷新によるバックオフィスの業務効率化

買収におけるシナジーを期待する企業は多いですが、経営統合後に期待していたシナジーを得られなかった例はたくさんあります。そのため、買い手の企業は、M&A実行の判断をするにあたり、シナジーが生じるかどうかを慎重に見極める必要があります。

中小企業M&A知っておくべきこと

ここでは、中小企業M&Aを考える上で前提となる知識を解説します。

M&Aの手法(スキーム)

M&Aの手法は大きく買収と合併に分けられます。ここでは一つひとつの手法を詳細に説明することはしませんが、各手法の特徴をまとめます。

株式譲渡売り手の株式の全部または一部を買い手に譲渡する
新株引受(第三者割当増資)売り手が増資を行い買い手に株式を割り当てる
株式交換売り手の株式を買い手の株式等と交換する
事業譲渡(全部・一部)売り手の全部または一部の事業を買い手に譲渡する
合併(新設・吸収)売り手が買い手と合併する

どの方法も中小企業M&Aではよく用いられます。株式譲渡は手続きが簡単なため、最も採用される手法のひとつです。新株引受(第三者割当増資)は、新株と引き換えに売り手は資金を調達することができるため、企業再生のときに使われる傾向があります。株式交換は、買い手に買収資金がなくてもディールを成立できる特徴があります。事業譲渡では、売り手は経営資源の選択と集中を実現、買い手は事業の多角化や規模の拡大を効率的に行えます。合併は、経営統合が最も大胆に行われる一方、企業文化の違いや業務フローの差異で悩む企業も多いようです。

M&Aのプロセス

M&Aのプロセスを上図にまとめました。各プロセスの概要を下表に示します。

1.戦略策定M&Aの目的と戦略を具体化・数値化する
2.パートナー選定M&Aを支援してくれる専門家を決定する
3.マッチング匿名で候補先を探して秘密保持契約
(NDA)締結後に企業概要書(IM)を提示する
4.基本条件交渉企業価値算定(バリュエーション)を行いM&Aの手法を検討する
5.基本合意の締結M&Aの基本条件を記載した基本合意書を取り交わす
6.デューデリジェンス売り手の事業、財務、法務、税務などの調査を
各専門家(弁護士や会計士、税理士など)に依頼してリスク調査をする
7.最終条件交渉デューデリジェンスの結果に基づき最終条件をすり合わせる
8.最終契約の締結最終契約書を取り交わし最終契約を締結する
9.クロージング最終契約書に記載の事項を実行する
10.ポストM&A(PMI)シナジーを最大化するために経営統合を進める

相談窓口

中小企業M&Aの数は年々増加しているものの、多くの経営者にとってM&Aは馴染みがないものだと思います。そんなときにM&Aについて気軽に相談できる窓口が存在しています。M&Aを検討したい方は下記のような相談窓口に連絡することをおすすめします。

特に、「事業承継・引継ぎ支援センター」は無料で個別相談を受け付けています。中小企業を対象にサービスを行っているので、気軽に面談をすることができるでしょう。

まとめ:中小企業M&Aをもっと身近に

本記事では中小企業M&Aの全体像を俯瞰しました。もし後継者不足等の理由により、廃業や解散を余儀なくされる経営者がいましたら、M&Aを真剣に検討する価値は十分にあります。しかるべき専門家に相談することから、始めてみてはいかがでしょうか。

執筆:師田賢人

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この記事を書いた人

【Harmonic Society株式会社 CEO】
外資系コンサル、Webエンジニア、Webライター、フォトグラファーを経て、2023年にHarmonic Society株式会社を設立。企業の経営の悩みを言葉で解決している。一橋大学商学部卒。

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