インダストリー4.0|製造業の未来を再定義する

2011年ドイツ連邦政府は「インダストリー4.0」という産業政策を打ち出しました。この政策は、情報通信技術を統合的に製造業に活用し、業務効率や生産性を飛躍的に向上させる「産業革命」を進めようとするものです。インダストリー4.0は、ドイツだけでなく多くの先進国が製造業を変革するモデルとなっており、各国の企業が新たな「産業革命」に乗り出しています。

本記事では、製造業における最新のトレンドである「インダストリー4.0」の背景や、その主要な技術について簡単に説明していきます。また、このトレンドがなかったなら製造業はどうなっていくのか、そして実際のビジネスでどう活用されているのかについても触れています。

新たに構築される可能性のあるビジネスモデルのより具体的な情報などについては次回の記事で取り上げます。まずはインダストリー4.0とは何なのかを把握することが少なからず重要で、本記事がそれに役立てば幸いです。

目次

旗振るドイツ-その経緯を振り返る

これまで私たちは、大きく3度の産業革命を経験してきました。18世紀、蒸気機関や水力を用いて生産活動を機械化し生産性を高めた第一次産業革命、19世紀、電気を利用した組立ライン製造による効率的な大量生産を可能にした第二次産業革命、1970年代から、産業設備を制御するPLCやコンピュータを用いた自動化を生産工程に導入される第三次産業革命を経験してきたのです。

そして現在、四次産業革命のただ中にあります。

「インダストリー4.0」のはじまり

「インダストリー4.0」は、2011年ドイツで開催されたハノーファー国際見本市の表舞台で、ドイツ工学アカデミーと連邦教育科学省、すなわち実質的にはドイツ連邦政府が発表した産業政策の名称です。この政策において最も注目を集める点、それは、この政策が核心的対象としたのが製造業であるということです。その背景には、ドイツ経済の柱である製造業が伸び悩んでいる状況を打破し、再び活性化させようというドイツの思惑があります。

「インダストリー4.0」とは「第四次産業革命」という意味を指して用いられています。私たちがこれまでの歴史で経験した3つの産業革命による産業の大改革に続く、歴史的に意義深い変化として位置付けられ、捉えられています。これまでに生み出してきた成功の成果と全く新しい便利な物や概念とを適切に結合させ、産業が全く新しい姿に変化したり、新たな価値を生む産業が生まれるなど、製造業の生産性を革命的に高める挑戦なのです。

製造業の伸び悩みを招いた要因

ドイツ政府がインダストリー4.0を打ち出そうとしている理由の経緯はドイツだけの問題ではなく、多くの先進国の製造業が共通して経験してきたものでもあります。おおむね以下のような経過が共通しているでしょう。

グロバリゼーションに伴う製造業の国外移転

グローバリゼーションの進展に伴い、多くの先進国の企業が生産コストを下げるために、製造業の製造拠点を、技術水準がまだ不十分で、しかも賃金水準も低い、中国や東南アジアなどの発展途上国に移転させました。すると、本国での製造業雇用が減少し、競争力が低下することとなりました。

技術革命と自動化

国外移転と同時に、製造業企業は本国において、AI、ロボット技術、IoTなどの技術の積極的な進歩によって、自動化や効率化を追求しました。このことは製造業に従事する人間が担える役割の範囲が狭まる結果を招き、製造業における雇用の創出は、技術革命の側面からも難しくなりました。これは情報通信技術を製造業で活用する方法の失敗例と言えるでしょう。

市場・需要の成熟

先進国においては、需要の面で各種製品市場は飽和状態となり、少々の改善が見られる程度の新しい製品開発では不十分な状況となっています。製造業が新たな成長の機会を発見することが非常に困難な状況にあることは明らかです。

環境規制の厳格化

前述のような明確に構造的な事情の他にも、世界的に環境規制が厳格になる中、環境配慮型の製品開発・生産の改革に迫られ、コスト増や既存ビジネスモデルの変革を求められ、伸び悩みにつながっています。

新興国の技術向上

中国やインドなどの新興国も技術革新を進め、高度な製品の生産が可能となり、進出している各先進国の製造業との競争が生じています。このことは、先進国企業がこぞって発展途上国へと移転して以降、技術流出が続いてきたことと決して無関係ではないという見解もあります。

人口減少と高齢化

日本などの国々は、人口の高齢化と少子化が深刻な程度に進んでおり、今後、労働力は不足し、製造業についても継続的な成長が危ぶまれている状況です。

このような本国の製造業の低迷を招く経緯は、ドイツ以外の先進国にも広く共通しており、およそ次の表のようにまとめられるでしょう。それだけに、インダストリー4.0は、それらの国々にとっても注目の的となっているのです。

国名時期移転先
ドイツ・1989年から
・1980年代後半から1990年代
・中央・東ヨーロッパへ
・中国や東南アジア諸国へ
アメリカ合衆国1970年代後半から1980年代メキシコや中南米、アジア諸国へ
イギリス1980年代から1990年代初頭アジアやアフリカへ
フランス1980年代から1990年代初頭北アフリカ地域、東ヨーロッパへ
日本1980年代から中国や東南アジア諸国へ
イタリア1990年代から東ヨーロッパや北アフリカへ
カナダ1990年代からメキシコなどへ
スペイン1990年代初頭から中盤北アフリカやラテンアメリカ、東ヨーロッパへ
オーストラリア1990年代から2000年代初頭アジア諸国、特に中国や東南アジア諸国へ
韓国2000年代初頭から中盤アジア諸国、特にベトナムやカンボジア、インドネシアへ

このような経緯から、多くの先進国は技術力や研究開発能力を活かし、デジタル技術を導入して製造業の生産効率を上げ、新たなビジネスを構築することで、製造業の競争力を取り戻さなければならない今日を迎えています。その解決策となる大変革の具体案としてインダストリー4.0が提唱されているのです。

インダストリー4.0の内容を把握する

インダストリー4.0の基本的な構想・姿勢

インダストリー4.0の基本とは、最新の情報通信技術と製造技術とを類例のないほど緊密に融合させることにより製造業を革新することです。

『インダストリー4.0の主眼は、スマートファクトリーを中心としたエコシステムの構築です。人間、機械、その他の企業資源が互いに通信することで、各製品がいつ製造されたか、そしてどこに納品されるべきかといった情報を共有し、製造プロセスをより円滑なものにすること、さらに既存のバリューチェーンの変革や新たなビジネスモデルの構築をもたらすことを目的としています。その例えとしては、大量生産の仕組みを活用しながらオーダーメイドの製品作りを行う「マス・カスタマイゼーション」が挙げられるでしょう。』

(出典:「平成30年版情報通信白書」第1部第3章補論2(1)「インダストリー4.0とは」)

インダストリー4.0の取組における4つの設計原則

前掲のような構想を達成するため、インダストリー4.0には次の4つの設計原則があります。

相互運用性(Interoperability)

ヒト、モノ、システム等、製造・生産活動に関連する全ての要素を相互に接続してスムーズな通信を可能とし、無数のセンサーやデバイスを連携することによって、リアルタイムに収集したデータを活用して自律的な意思決定を可能にします

情報の透明性(Information Transparency)

収集した膨大な基本データに基づいて実世界を反映した仮想モデル・仮想空間を作成することによって、工場全体の可視化を進め、仮想空間でのシミュレーションなど、製品開発や需要分析など多方面での活用を可能にします。

技術的アシスト(Technical Assistance)

工場の多くの工程をロボット化するなど、IT技術、AI等を活用することで、より効率的な業務を可能とします。特に、ロボットその他の技術が、人間にとっては重労働、危険度が高い、または実施困難な業務を代替もしくは支援することによって、より安全な業務を可能にします。

分散型意思決定(Decentralized Decision-making)

分散型意思決定の原則は、現実空間で収集したデータをサイバー空間に再現した上で分析し、その結果を現実世界にフィードバックして実行するCPS(Cyber-Physical System:サイバーフィジカルシステム)と呼ばれる機構・仕組みを用いて、生産ライン等での意思決定をできるだけ自律化させる方針を指します。工程で特定の課題が発生したとき、人間による分析や生産ラインへ反映させる現行の手続には非効率が生じているため、分散型意思決定の原則は迅速な意思決定や問題解決による効率化を現場レベルで可能にします

インダストリー4.0を支える6つの技術

インダストリー4.0には、4つの設計原則に基づく個別の設計や具体的施策に当たって軸となる6つの主要な技術があります。したがって、インダストリー4.0を実現しようとする現在の過渡期以降、これらの技術そのもの、あるいは周辺分野において新たなビジネスの機会が現れ、成長すると期待することができるでしょう。

IoT(Internet of Things:モノのインターネット)

IoTは、モノ、日常生活に近い例では冷蔵庫などの家電製品や自動車などをインターネットに接続して活用する技術です。

インダストリー4.0が目指すスマートファクトリーにおいては、工場内のさまざまな機械その他の設備(モノ)をインターネットに接続して情報のやり取りを行うだけではなく、モノとモノ、生産拠点の全ての要素が互いに接続した環境を前提としています。

そこで期待されるIoTの基本的役割として、工場内にあるIoT化された機械、設備等は、多種多様で大量のデータの収集・分析を可能にして、自社の資産としてのモノや情報の価値を高めます。

加えて、インダストリー4.0におけるIoTは、モノとモノ、モノの集合体である業務プロセス同士もつながり、相互に情報交換しながら複雑に結びつきます。そして、生産体制を最適化し、自律的で自動的な稼働を推進する役割も担うこととなります。

エッジコンピューティング

エッジコンピューティングは、コンピュタネットワークにおける中央のデータセンターやクラウドではなく、周辺領域、つまり周縁(エッジ)に分散配置したサーバにおいてデータの分析や処理を行うネットワーク技術です。

分析や処理を必要とするデータは、IoT技術で接続されているセンサーやモバイルデバイス、工場内の機器などの近くで発生します。仮に安全性や品質の問題が検出された場合、そのデータをネットワークの中心部に送るのではなく、エッジコンピュータで分析・処理して応答を返す方が短時間での解決が可能となります。

この技術を活用して不要な通信を避けることで、通信遅延やネットワーク負荷の低減などを実現するだけでなく、データが発生源の近くに留まるため、セキュリティリスクを軽減する効果も期待できます。

クラウドコンピューティング

クラウドコンピューティングは、収集した膨大な量の情報をインターネット上に保存して管理する技法です。この技術は、インダストリー4.0の核心であるスマートファクトリーの実現に必要となる、エンジニアリング、サプライチェーン、製造、販売、流通、サービスの各フェーズの接続・統合を可能にします。

また、各工場や機械が生成する大量のデータを一元的に集約・管理できるだけでなく、クラウド上の高度な分析ツールやAI技術を利用してリアルタイムでの分析・最適化が行えます。そして、クラウドは異なるデバイスやシステム間の接続を容易にし、全体の製造プロセスの最適化をサポートします。

AI(Artificial Intelligence:人工知能)と機械学習(ML:Machine Learning)

AIと機械学習は、工場の最適なオペレーションの核として、取得したデータを最大限に活用し、タスクの自動化や作業の軽減によって利益と生産性を向上させることができます。

また、AIと機械学習により、製造企業は工場の現場で生成されたデータだけではなく、自社の全ての事業部門、他にもパートナーやサード・パーティーから得られた大量の情報を最大限に利活用することが可能となります。

AIと機械学習は優れた観察力で先を見通し、運用や現行ビジネスの可視性、予測可能性、自動化を実現します。例えば、産業用機械は製造工程の間に故障しがちですが、これらの資産から収集したデータを使用することで、企業は機械学習アルゴリズムに基づいて予測保全を実行することができます。その結果、アップタイム(システムがタスクを実行している時間:機械が故障せずに作動している時間)を増やし、効率性を高めることができます。このようにしてAIと機械学習は、インダストリー4.0が実現しようとしているスマートファクトリーに前もった見込みを提供するのです。

サイバーセキュリティ

サイバーセキュリティーは、情報技術を利用してインダストリー4.0を実現する際の安全性を確保し、サイバー空間における脅威から情報やシステムを守るための取組や技術です。インダストリー4.0においては、IoT技術を利用した情報収集を行うほか、インターネットを介したネットワークを前提とするクラウドコンピューティングを活用するなどの構造から、常に重大なサイバーセキュリティ上の脅威に曝されているとの認識に立たなければなりません。具体的には、不正アクセス、マルウェア、フィッシング、データ漏洩などの脅威から企業や個人のデータやシステムを守るための技術やプロセスを含みます。

もっとも、インダストリー4.0は、多くの企業の参画を想定している一方で、必ずしも統一のサイバーセキュリティ基準を定めているわけではありません。しかし、インダストリー4.0のサイバーセキュリティを確保するには、企業はこの問題に対して総合的なアプローチを取る必要があります。つまり、インダストリー4.0のサイバーセキュリティの基準はサプライチェーン全体をカバーする必要があり、そのサーバーセキュリティ標準は、既に認められている認証スキームおよびセキュリティ標準との互換性がある必要があります。

そこで、業界団体や規格化団体での議論を経て、産業オートメーションとコントロールシステムのセキュリティに関する国際標準であるIEC62443「産業用通信ネットワーク及びシステムセキュリティ」が将来の認証に使用される見込みとなっています。

(出典:日本貿易機構「インダストリー4.0実現戦略
プラットフォーム・インダストリー4.0調査報告
」)

デジタルツイン

デジタルツインとは、物理的な実体(例えば製品、設備、建物など)についてのデータを活用し、仮想空間にまるで双子のように同じデジタルモデルをリアルタイムに結び付ける技術です。

このデジタルモデルは、センサーやIoTデバイスなどを通じて収集される実際の運用データを元に、その実体の動作や性能をシミュレーションすることができます。仮想空間で現実に近い条件のシミュレーションを行えるため、デジタルツインを使用して、生産性の向上、ワークフローの改善、新製品の設計、製造プロセスに加えた変更のテストを実施することなどが可能となります。

この環境で行うシミュレーション、モニタリング、テストなどの結果による最適化と予測保守、製品開発の迅速化、オペレーションの効率化などを通じ、デジタルツインはインダストリー4.0の実現に役立つのです。

製造業の未来を再定義するインダストリー4.0

インダストリー4.0による製造業の未来の再定義とは、製造業に最新の情報通信技術を統合的に活用することにより、生産性、効率性、柔軟性、そして顧客対応能力を大幅に向上させる趣旨の変革を指しています。

再定義する前の定義による未来

もしインダストリー4.0の実現が頓挫した場合、あるいは、そもそもインダストリー4.0が提唱されなかった場合の製造業の未来では、あまり明るい再活性化は期待できなさそうです。ここまでご紹介したインダストリー4.0が実現しようとしている姿との比較により若干の考察を加え、予測とします。

インダストリー4.0なしの製造業の未来予測

まず、生産の効率性の向上や最適化のスピードが緩慢なため、変化する市場や顧客のニーズに対して迅速に対応するのが難しくなり、生産の一連のサイクルが比較的長いまま、顧客のカスタマイズ要求にも限定的にしか応えられないと予測されます。そんな中、多くの経営資源や時間が浪費される潜在的なリスクも生じ得ます。

品質管理においては、一貫性のある品質を維持するための工程が、手作業による監視や検査が中心となるため、品質管理工程自体が非効率であるだけでなく、不具合の発見が遅れることまで予測できます。

また、サプライチェーン全体は意思疎通の円滑さにおいて分断されているため、透明性が低い、要するに関連する各企業の状況や意思が互いに把握しづい状況ないしは環境が想定されます。すると、需要と供給の最適化が困難となり、製品在庫の過不足が発生しやすく、製造プロセスにとって解決が難しく、かつ著しく多くの人的リソースや時間を要する課題に発展する可能性も予想され、その間にダウンタイムが発生するリスクもあり得ます。

そして、大量に収集したデータの分析に基づく意思決定やフィードバックの循環が存在しないため、イノベーションのペースは遅れる可能性が高いと予測されます。

インダストリー4.0による再定義とビジネス

インダストリー4.0はスマートファクトリーの実現を目指して2011年に提唱されて以来、いまだ発展途上と言えるでしょう。ただ、産業革命と称しているように、また本記事で解説してきた設計原則や主要技術から推し測れるように、これは大きな変革です。そして、大きな変革の実現過程では、既存のビジネスにとっても新たにスタートアップするビジネスにとっても大きなビジネス機会が必然的に発生すると考えられます。

確かに、インダストリー4.0の設計原則や主要技術は、いささか抽象的で、理解しづらい面があります。しかしながら、例えば「IoT技術を用いたセンサーの改良」といったように、1つ1つのフェーズを細分化していくと、具体的な事業性のある着想を得られる可能性は十分にあるのではないでしょうか。

まとめ

本記事では、インダスリー4.0が提唱されるに至った経緯、そして内容として設計原則および活用される主要な技術について解説し、インダストリー4.0の有無による未来予測に言及しながらビジネスについても若干の考察を提示してきましたが、いかがだったでしょうか。

多くの読者の方が感じられる通り、本記事の内容だけでは、インダストリー4.0が目的とするところの1つである既存のバリューチェーンの変革や新たなビジネスモデルの構築の実現過程における具体的な事業を構想する契機としては不十分かもしれません。

次回の記事においては、インダストリー4.0の実現における新たなビジネスについて実例を挙げながら、より具体的な情報をご紹介してまいります。

本記事が解説した内容の段階で具体的な事業アイディアをお持ちになった方、また、情報通信技術を活用した製造業の現況の改善についてご意見をお持ちになった方におかれては、ぜひ、こちらの「お問い合わせ」から「ハッシュタグ」に御社の考えをお聞かせください。どのようにして成功につなげるか、協働して最善の解決策に至るよう尽力させていただき、御社の収益力向上に強くコミットする所存でおります。

執筆者:池谷 陽平、監修:中小企業診断士 居戸 和由貴

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この記事を書いた人

【中小企業診断士】
生命保険会社、人材会社、戦略コンサルタント会社での経験を経て、2021年に中小企業診断士として独立。強みであるマーケティングとテクノロジーを軸に、中小企業の売上拡大を目的として活動

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