中小企業におけるIT・デジタル活用のための経営者向け提言

IT・デジタル活用推進が至るところで話題となり、また日常生活においても様々なサービスでITによる便利さを実感されていると思います。この小文は、それでは自分の会社では何をすれば良いのか、疑問や不安をお持ちの中小企業経営者の方に、取組みのきっかけとなるご提案させて頂くものです。
私は、過去43年間、製造業、商社等4社に勤務し、多くの時間をそれぞれの企業でのIT活用に関わってきました。 IT導入プロジェクトやセキュリティ強化、IT人材育成等を担当し、各社の小規模子会社におけるIT活用も支援してきました。 企業勤めの傍ら、中小企業診断士としても27年間、主に中小企業におけるIT活用促進をしばしば支援してまいりました。
今年年初からは企業を離れて独立し、あらためて中小企業でのITデジタル活用状況を調べ、実際に数社を訪問してみて、多くの企業で活用の余地が大きく残っていると思いました。 日本経済を基盤で支え、その活力の源泉である中小企業の経営者の方に、貴社のIT・デジタル活用において、是非お考え頂き、取り組んで頂きたいことをいくつか申し上げたいと思います。

目次

1.現状の推察

貴社のIT・デジタル活用はどのような情況でしょうか。
私がここ数年で訪問した中小企業は、製造業、小売業、サービス業、業種・業態や従業員数等さまざまですが、パソコンは必要な従業員分の台数が導入され、エクセル等の表計算ソフトや、会計・販売管理のパッケージソフトウェアは導入されている、インターネットは、情報収集やEメール等での取引先・顧客との連絡に利用している、しかしながら顧客や販売実績、製造実績などの詳細データは整理されておらず、販売促進や品質向上といったことへのデータ活用はできていない、またセキュリティ対策が十分なのかどうか把握できていない、という会社がほとんどでした。
経営者としては、そのような情況で長年やってきたけど、今のままで良いのか、改善するとすればどこから手をつければ良いかわからず、相談できる相手もいない、IT専任者を雇ったり、 従業員にITを調査させるような、資金的・時間的余裕もない。 時々IT会社の営業が売込みにくるけれども、こちらの状況を十分に調べないままに、売りたいIT商品を紹介し、知らない単語を並べ立てて、結局それがこちらにどんな役に立つのかほとんどわからない、という状況の方が多いようです。
本ご提案は、そのような情況の中小企業向けを前提としています。

2.IT活用分野とその実現

IT活用分野で中小企業からの期待が多いのは、ホームページやECサイト導入による販売増加、顧客管理高度化による販売促進等の売上や利益増加、生産管理・仕入在庫管理の業務改善による品質向上や原価低減、また、テレワークの推進等による従業員の働き方改革対応等、があります。

これらの実現には大規模投資が必要で、中小企業では難しいと諦めていませんか。 最近は、これらIT・デジタル化手段のほとんどは、比較的安価な月々の利用料払いで利用できるクラウドサービスで提供されており、高額な投資は必要ありません。

また、大企業では、取引先や協力会社に対して、取引に必要なITツールを無償或いは安価で提供し始めています。 貴社取引先の大企業からもそのようなツール利用を提案されていませんか。 それが貴社にとっても有効であったとしても、貴社でのIT・デジタル対応ができなければ、応じることができません。 また今後は行政でのデジタル化も加速されます。 これも貴社で対応ができなければ折角の便利さを享受することができません。 実は、このようなツールを活用するためのインフラやネットワークおよび対応システムを整備することも、クラウドサービスの活用により、比較的安価に対応できます。

但し、何よりも重要なことは、経営者の方が自社において何を実現するかを真剣に考え、相応の時間をかけて取り組むことです。 とは言っても、日々自ら現場に出て会社の実務をこなしている多忙な中小企業経営者には、なかなかその時間をとれないことも理解します。

3.アドバイザの活用

そこで、IT・デジタル活用に一歩踏み出すための一つの手段として、経営者に寄り添うアドバイザの活用をお勧めします。 アドバイザといっても様々ですが、ここでは、自らの手で貴社の業務を精査し、知見・経験に基づき貴社に最適なIT・デジタル活用を提案、更には導入、活用を継続して支援をしてくれるアドバイザを指します。 決して、大所高所からの抽象的な提案をするコンサルタントではありません。 では、どうやってそのようなアドバイザを見つけるか? デジタル化応援隊制度で、IT専門家に御願いしてはいかがでしょうか。

※デジタル化応援隊事業紹介サイトから引用

デジタル応援隊は国の機関である中小企業庁、中小機構が実施している事業で、中小企業のIT・デジタル活用を支援するために、要件に応じたIT専門家(アドバイザ)を紹介し支援をするものです。
上限の30万円で、IT専門家の単価が4千円以下の場合では、貴社の負担は、38千円程、残りは国が負担します。設定時間単価によりますがIT専門家自らの10日間程度の実働により、既に課題と考えている貴社の特定業務へのツール導入といった個々の課題解決支援から、全社でのIT課題の整理と計画策定といったことまで、委託することが可能です。(ツール導入費用等は対象外です)
同サイトに自社を登録した上で具体的な相談案件を登録し、IT専門家からの支援提案を待つという方法と、既知のIT専門家に相談し予め合意の上、マッチング済として登録し、そのIT専門家から支援を受ける方法も可能です。
但し、貴社の費用負担は少ないですが、貴社の事業及びIT・デジタル化の課題を、そのIT専門家が適切に把握できるように、経営者も担当者も協議をする時間を十分に提供することが重要です。
また、このデジタル化応援隊は、最大実働10日程度で終了ですが、支援を通じてそのIT専門家が本当に貴社のIT・デジタル活用に貢献してくれるのか、経営者の目で見極めて、役立つと判断したならば、直接契約による継続した支援依頼を申し入れれば良いと思います。(デジタル化応援隊の支援対象外です) 残念ながら、ちょっと違うと判断された場合でも、最初の支援で得るものはあると思います。詳細は以下サイトをご参照ください。

【公式】第Ⅱ期 中小企業デジタル化応援隊事業 (digitalization-support.jp)
※尚、このデジタル化応援隊事業は、不正防止のための制度改善のため、2021年9月16日から一時停止となっています。 改善完了後に再開される予定です。

4.リスク・セキュリティ

IT・デジタル化を進める上で、是非最初から考えておいて頂きたいことは、リスク及びセキュリティです。
貴社でIT・デジタル活用を進めると、比例して貴社事業でのITへの依存度も高くなります。 このためIT・デジタル化に起因するリスクの対策は並行して進める必要があります。 うちのような小さな会社がサイバー攻撃を受けるわけないし、そんな対策は必要ない、と考える中小企業経営者は多いですが、IT・デジタル活用への依存度の高まりとともに、個人情報等の機密情報漏洩や障害等によるシステム停止の影響は大きくなりますので、未然防止する或いは被害を最小化するためのセキュリティ対策は極めて重要です。加えて、今後は、仕入先や納入先からもセキュリティ対策の整備を求められ、対応できないと取引停止となることもあり得ます。
経営者が持つ疑問は、それでも直接利益を生まないリスク・セキュリティ対策をどこまで強化すれば良いのか、ということかと思います。
その疑問、何をどこまで整備するかには、情報処理機構(IPA)が提供しているセキュリティアクションがお役に立ちます。
セキュリティアクションは、自社がセキュリティに真摯に取り組んでいることを自ら宣言することで、最近は国や自治体の補助金応募において、必須或いは加点条件となっている場合もあります。
その第1段階(一つ星)は、①OSやソフトウェアを常に最新の状態にする、②ウィルス対策ソフトを導入する、③パスワードを強化する、④共有設定を見直す、⑤脅威や攻撃の手口を知る、の5項目に取り組むことが求められています。
更に第2段階(二つ星)としては、簡単な「情報セキュリティ自社診断」を実施するとともに、情報セキュリティ基本方針」を定め外部に公開すること、が要件です。 この第2段階により、「基本方針」を定め「自社診断」の結果に基づいて、対策が未実施の改善を進めることがとても重要です。
私見ですが、第2段階の対策を実施していれば、貴社に情報漏洩等の事故がおきても、経営者として社外等への説明責任を果たすことができると考えます。
※IPAサイトから引用第2段階のための改善実施は、大きな費用のかかることではありませんが、自社診断の質問項目を正しく理解した上で、貴社の状況に応じた適切なルール作りとその徹底が必要であり、そのルール作りやツールの導入には、専門家に支援を求めましょう。

詳細は以下サイトをご参照ください。

SECURITY ACTIONとは? : SECURITY ACTION セキュリティ対策自己宣言 (ipa.go.jp)

5.運用

IT・デジタル化は、新たなツールを導入することで終わりではありません。大切なことは、導入後にその活用を進めていくことです。 またIT利用の範囲が拡大すると、今まで従業員個人にパソコンなどの運用・管理等任せていた状況を、全社的な運用管理に変える必要があります。
前述のセキュリティの整備と並行して進めることになりますが、中小企業ではIT専任者を雇用することが難しい状況は変わらないので、社内ITの整備では最初から運用のし易さを要件に含めて選定すること、先に述べたクラウドサービスなど外部サービスを活用することで、社内でのIT管理負荷を下げることをお勧めします。それでも運用には、最低限の専門知識は必要なので、ITの担当者を任命し、社外等で実施されている教育を継続的に受けるなどにより、正しい運用を実施することが重要です。

6.最後に

IT・デジタル活用を真に達成するためには、その活用のために利用する従業員の教育が必須です。 ただ導入したツールを与えるのではなく、それをいかに活用するかを従業員自らが考えること、IT・デジタル活用に終わりはなく、教育は未来永劫継続的に進めていく必要があります。
多くの経営者から、自分の会社のような小さな企業には優秀な人材がいない或いは来ない、と嘆かれる声を聴きますが、IT・デジタル活用の推進を手段として、従業員に仕事の面白さに目覚めてもらうこと、そして自立・自律すること、そのことで従業員の隠れた才能が目覚めることも十分期待できます。
そして、経営者の方自身にも、自ら学ぶこと、そしてIT・デジタル化を身近なものとして、その活用を考え、実際に使ってみることを御願いします。
今からでも全然遅くありません。 是非、IT・デジタル化への取組みを始めてください。

執筆者:中小企業診断士 伊良子和成

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この記事を書いた人

【中小企業診断士】
生命保険会社、人材会社、戦略コンサルタント会社での経験を経て、2021年に中小企業診断士として独立。強みであるマーケティングとテクノロジーを軸に、中小企業の売上拡大を目的として活動

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